夏の「仮」日記

カリフォルニアの音大で、ジャズドラムを学ぶ人の日々の記録

【カリフォルニア留学】英検1級・TOEIC満点の帰国子女が、自分の英語力のなさに絶望した話

小学生のころから、特技の欄には必ず英会話と書いていた。

小6で英検1級に一発合格し、中3の初めに学年全体で受験したTOEICでは990点満点。留学の際に必要だったTOEFL IBTは120点中115点だった。

英語が話せるということは、僕の中の数少ない自慢できることだった。

 

なぜ英語が話せるようになったのか。それは単なるラッキーだった。僕が7歳の時、車の周辺機器メーカーに勤める父親に駐在の話が入ってきた。行先は自動車の街、ミシガン州デトロイト

結局7歳から12歳までミシガンで過ごした。はじめのうちは、現地のネイティブの子たちにいじめられたが、現地の日本人と馴染むことすらできなかったので、とにかく英語を勉強した。英語を勉強しないと、ずっと一人ぼっちになると思っていた。

 

そんなこんなで、中学の直前に日本に帰国した僕は、ネイティブ並の英語力という武器を手にした。というより、それくらいしか武器を持っていなかった。

その武器を手放したくない一心で、英語教育に力を入れている中高一貫校に合格し、中高の6年間、ほかの同年代よりも英語を使う機会が圧倒的に多い環境で勉強していた。

もちろん、校内でも「英語できるキャラ」の一人だった。

 

でも、こっちの大学に入学したら、僕の英語力が中途半端すぎて情けなくなった。

 

日常会話は余裕でできるし、授業の内容もある程度理解できる。生活する分には何も困らない。友達も普通に作れる。

英語を話せば、「ネイティブかと思ったよ。英語うまいね!」って言ってくれる。

 

「なんだよ、英語話せる自慢したいだけかよ」って思った方もいるかもしれない。でももう少しだけ読み進めていただけたら、どういう部分で苦労したのかが伝わるはずなので、もうちょっと我慢してください・・・

 

実はこの「発音や日常会話はできる」というのが思いもよらない足かせになった。僕は小学生の頃に英語を学べたおかげで、発音はネイティブ並みなのだが、中学・高校は日本にいた。英語をキープする授業はあっても、アメリカ人の中学生・高校生に比べたら英語に触れる時間も少なかったし、要求される英語力も低かった。

そのせいで、発音はネイティブっぽいのに、発言内容や語彙力、雑談をするときの瞬発力は小学生並みの大人っていう変な人間になってしまった。

 

だから誰と話しても、途中でその違和感に気づかれ、どこか距離を感じる接し方をされる。授業中に発言すればするほど文法や語彙にボロが出るし、言葉を返すまでの間に少し時間がかかるので、どこか周りの学生に「見守られている」感覚すらある。

何より衝撃だったのが、とあるアメリカ人の友人に「ナツって、発達障害があるんだよね?俺は気にしないけど、もしサポートが必要だったら言ってくれよな!」って言われたこと。

 

そう、僕は話すときの第一印象がネイティブっぽいせいで、逆に「言語障害ないしは発達障害のあるネイティブスピーカー」だと思われたのだ。

 

それを言った彼には悪気はないし、別に発達障害だと思われることに抵抗はないけど、今まで自分の武器だと思っていたものが、自分が想像するよりも遥かに使い物にならないんだと気づき、すごく悲しかった。自分のアイデンティティを少しだけ失った気がした。

 

 

今は開き直って、文法を間違えようが、発音がおかしかろうが、「それでもコミュニケーションが取れるレベルの英語を話せるんだから、自分ってすごいじゃん!」って思うようにしている。

そして、間違えたことや知らなかった単語はちゃんと覚え、復習し、少しずつ英語力を向上させようと頑張っている。英語がもっとうまくなれば、もっと自分に自信がつくと思うから。

 

結局何が言いたいかっていうと、帰国子女の留学生でも意外と英語で悩むことはあるんですよーってこと。これに共感してくれる人がどれだけいるのかわからないけど、留学生活の中でもこの経験は割と辛かったので、備忘録として共有させていただきました。