夏の「仮」日記

カリフォルニアの音大で、ジャズドラムを学ぶ人の日々の記録

天才っぽいこと書いてみた

どうも、未だに大晦日という言葉を聞くとお腹が空くなつです。

 

明日の学期末ライブに向けて今日はずっと練習していたんですが、その中で気づいたことがあるんです。

 

練習って、時間と比例して効果があがるわけではないと思うんですよ。

僕の場合は、6時間練習したところで2時間練習したのとさほど差は出ないんです。

 

むしろ、「うわ、むず。全然何やればいいかわかんね」っていうような物があったとしても、30分あればそこそこの形になります。それをさらに良いものにしていくには時間をかけないといけないんだけども。

 

なぜか・・・

 

それは僕が常に分析しながら練習をしているからです。

何が難しく感じるのか、脳が混乱する部分はどこか、体のどこが思い通りに動いていないのか、力の加減を変えたらうまくいくのか、どの手とどの足が同時に動くのか、重心はどこに置くべきか・・・

こういうことを考えながら練習していると、「あ、こうすればいいんだ」っていう発見に至るまでの時間が著しく短くなります。全くできなかったラテンのリズムパターンも、10分でマスターできるようになります。

自分で自分に常に質問をしているから、練習をしながら何に気を配ればいいのかがわかり、その結果自分なりに見つけた「こうすればうまくいく」っていうコツを自分に教えてあげられるのです。あくまで自分なりの答えでいいんです。

 

思い返せば、ドラムじゃなくても勉強もそんな気がします。

授業中に先生が説明したことで、わけの分からない内容があったとします。

そのときに、「意味わかんねーよ」って投げ出すのではなくて、

「チョトマテ、チョトマテ、おにいさーん。僕はなんで理解できないの?先生はなんて言おうとしてたの?もしかしてこういうことを言おうとしてたのかな?もしそうだとしたら辻褄があるかな?あれ、でもそれだとここの部分はどうなるんだろうか?うーん、この部分をもっと詳しく解説してもらえたら理解できそうだな。あとで質問しよう。メモメモっと」

って考えてみるとわからないことがわかるようになります。あとはそこを分かるようになるまで先生に質問したり、考えたり、ネットで検索したりすればいいのです。自分なりの言葉できちんと解説できるようになれば、テストも余裕のよっちゃんでした。

 

僕は小さいときから、何か不思議に思うことがあると自分なりにその答えを考えてきました。答えがわからないときは誰かに納得がいくまで聞きました。

そして、なんとなく言われたことを理解するのではなく、「あ、つまり〇〇で××だから△△なのね!」と自分の言葉で説明できるようになるまで納得しませんでした。

 

 

そう、大事なポイントは、「最後には自分の言葉で説明できるようにする」ということです。何事も自分の言葉で説明するくせをつけていると、情報を自分の言葉に変換するまでのスピードが圧倒的に上がります。

そうすると、

わからない(疑問)→こうかもしれない(仮説)→その場合はどうなる?(検証)→あ、そういうことか!(結果の考察)→つまりこうだね(理解)

というプロセスを踏んでいろいろなことを理解できます。

 

楽器の練習も、音楽理論の勉強も、地学の天球も、生物のm-RNAも、倫理のプラトン思想も、世界史のバラ戦争も、全部こうやって乗り越えてきました。

天性のものかもしれないけど、少なからず努力で培った部分もあります。

 

今、学生の皆さんは勉強真っ只中・・・受験生もいよいよ佳境・・・

そしてそのほかのみなさんも何かに向けて練習したり、勉強したり・・・

行き詰まったときに、一度「自分の言葉で説明できるか」という観点で自分の課題を振り返ってみると、何が足りないかが見えてくるかもしれませんよ。

 

 

半分寝ながら書いているので、明日見返したら意味不明な文章になってるかもな

 
今日の一曲

僕にとってとても思い出深いミュージカルの中から、特に好きな曲をモダンなアレンジで。

クリスマスの時期になると必ず思い出しますわな。

Maybe Lyrics (Annie 2014) - YouTube